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手術後の検診の順番を待つホンジュラスの元白内障患者
2008/05/19(月)

手術後の検診の順番を待つホンジュラスの元白内障患者。


クラブが視力回復の機器を提供



 2005年、米国テキサス州にあるカービル・モーニング・ロータリー・クラブが4万ドル相当の眼科用の医療機器を購入し、開発途上国で働く眼科医を対象に無料貸し出しを始めました。7月までに、同クラブでは10数ヵ国70ヵ所以上で開かれた特別診療日のために医療機器を発送しました。


 特別検診日には、何百人もの患者が列を成し、医師は貸し出された機器を使って、定期健診から視力回復手術にいたるまでを行います。このプロジェクトを先導したカービル・モーニング・クラブの会員で眼科医でもあるジャック・サーモンドさんのもとには、手術の結果、患者の人生を大きく変えたという医師たちからの手紙がたくさん寄せられています。


 その中の一通には、白内障で失明しかけていた65歳の男性の例が書かれていました。カービル・モーニング・クラブから提供された手術用顕微鏡を使用して手術を受けたところ、この男性は視力が0.5まで回復したというのです。眼帯を外した時の男性の反応は「あまりの驚きに言葉も出ないほどで、その朝は診療所に座ったまま、抑えがたい喜びの涙に震えていた」と、手術を行った医師はしたためています。

 
 現在、多くのロータリー・クラブが予防可能な原因で失明するケースを減らそうと、世界中で努力しています。開発途上国では、比較的簡単な手術で取り除くことができる白内障によって失明する人々が約1,800万人います。


 カービル・モーニング・クラブのロン・ハケット会長は、恵まれない地域へ赴く機会の多い医師たちにとって、クラブが提供している機器は重要な役割を果たしていると言います。医師たちは患者の視力だけでなく、収入の改善にも貢献しています。「このプロジェクトは地元地域の人々の生活を大きく変えています」とハケット会長は話します。「大半の患者さんたちの願いは、針仕事をして生計を立てるために十分な視力がほしいというものです」


ROTARY WORLDより | コメント(0)2008/05/19(月)10:39

クアテマラに清潔な水をもたらしたロータリーのプロジェクト
2008/05/22(木)

クアテマラに清潔な水をもたらしたロータリーのプロジェクト



 5月から11月にかけて降る豪雨は、グアテマラのサンマルコスの都市とサンイシドロの村落を結ぶ61キロの未舗装の道路を押し流してしまいます。しかし、エイプリル・ベネスさんは、サンイシドロに浄水供給システムを設置するためのロータリー財団のマッチング・グラント・プロジェクトを援助するために、この道のりを4回体験しました。

 
 「これは、大変な努力と費用のかかる挑戦でした」と米国のデラウェア大学で地理学の準教授を務め、大学教員のためのロータリー補助金の受領者でもあるベネスさんは語ります。「人々は、自給自足で農業を行っており、人家は広大な地に点在しています」同プロジェクトでは、井戸から村落へ何キロにもわたるパイプラインを引かなければなりませんでした。


 ベネスさんは、2006年8月から2007年4月にサンマルコス中央大学で教えているときに、このプロジェクトに参加しました。ベネスさんは、彼女が教えたことのあるデラウェア大学の学生3人とともに、第7630地区(米国メリーランド州デラウェア)とサンマルコス・ロータリー・クラブ、サンマルコスのカトリック司教管区、サンイシドロの地域社会とのネットワークづくりを助けました。この3人の学生の中には、2002-03年度のロータリー財団国際親善奨学生、ジェニファー・コッペンヘイバーさんもいました。


 浄水システムの落成式のためにサンイシドロに戻ったとき、この活動の名前がベネスさんの名前にちなんで「エイプリル・プロジェクト」とつけられたことを知ったベネスさんは感動に心を動かされました。そして何よりもうれしかったことは、「やっとのことで清潔な水とトイレを利用できるようになったサンイシドロの人々の喜びの顔を見られたことです」とベネスさんは話します。


 ベネスさんは現在、ろうあ学校をサンマルコスに建設するために、サンマルコス・ロータリー・クラブと米国コネティカット州を拠点とする非営利団体、「国境を越えた建築者団」との間の提携関係づくりに協力しています。ベネスさんはこれまでの活動について次のように語ります。「これからもずっと重要となる支援と友情の豊かなネットワークを私に与えてくれました」


ROTARY WORLDより | コメント(0)2008/05/22(木)16:23

トラック運送業界の大物、平和プログラムに資金を寄贈
2008/05/22(木)

トラック運送業界の大物、平和プログラムに資金を寄贈



 ロータリアンのアル・ジュビッツ氏は、12歳のときにある男の子から顔を殴られたことを覚えています。そのとき、自尊心は傷つけられたものの、あることを学んだと言います。それは、けんかするより平和のほうがいい、ということでした。

 
 今では、このとき学んだ教訓を地球規模で応用したいと望んでいます。米国オレゴン州、ポートランド・ロータリー・クラブ会員のジュビッツ氏は、修士号の取得を目指す熱心な平和構築者のために、ロータリー世界平和フェローシップ5口を提供する米貨300,000ドルを寄付することを誓約しました。


 「ロータリー世界平和フェローは、平和への情熱を追求するために財政的な援助を受けるにふさわしい人々です」と、トラック運送業界の大物として活躍し、現在は引退したジュビッツ氏は述べます。「これら若者の芽を育てれば、必ず良いことが起こると信じなければなりません。だからこそ、このプログラムを支援しているのです」


 エール大学を卒業し、現在は63歳のジュビッツ氏ですが、平和構築に関する「正式な教育」を初めて受けたのは、「Creative Initiative Foundation」(後に「Beyond War」と呼ばれる)に参加した1970年代後半だったと言います。このグループは、冷戦の行き過ぎた軍備競争について人々を教育するために、民家のリビングルームで草の根の会合を開いていました。


 今日、ジュビッツ氏は、ギリシャ系住民とトルコ系住民を隔て、国連軍が巡回するキプロスの緩衝地帯で平和を推進することに特に関心を抱いています。「キプロスで平和を構築することができれば、中東での平和づくりのために必要な要素が整うのではないかと思います」と、ジュビッツ氏は述べています。2005年にキプロスを訪れたジュビッツ氏は、キプロス島の長期紛争を解決することを目的とするポートランド州立大学の平和推進計画プロジェクトに資金を寄付しました。


 また、ジュビッツ氏は、ジュビッツ家族財団を通じて、娘たちとともにポートランド州立大学の紛争解決における分野の大学院、ホリスティック平和研究所、ならびに、ジュビッツ氏が1970年代に所長を務めたオレゴン平和研究所に補助金を贈りました。


ROTARY WORLDより | コメント(0)2008/05/22(木)16:26

スラム街の自立を目指して
2008/05/22(木)

スラム街の自立を目指して



 エジプトのロータリアンが、カイロのスラム街に住む家族の自立を助けるために、地元の慈善団体とともに活動を始めました。9,335米ドルのロータリー財団のマッチング・グラントにより一部の資金が提供されている同プロジェクトは、極貧のエスタブル・アンタールの人々に職業訓練とその他の教育の機会を提供しています。

 
 同プロジェクトのアイデアは、スラム街の家族に無料で食事を提供するためにソフベットゥ・ヘイル団体と協力してきたエジプトの青年グループから出されました。同グループは、短期間で栄養を補充することの重要性を理解していましたが、自立するための技能をエスタブル・アンタールの人々に身につけさせることが必要であると判断しました。同グループがカイロ・ザマレック・ロータリー・クラブに活動計画を紹介し、ベルリン・ノルド・ロータリー・クラブからの支援を受けて、プロジェクトが誕生しました。


 エスタブル・アンタールは、歴史的なアンタールの要塞の周りに群がる小さな家々が集まる集落です。これらの家は部屋が一つしかなく、木の板と布でできています。水道設備はなく、水は、ロバの荷馬車で運ばれてきます。「とてもひどい状況にあります」と話すのは、ソフベットゥ・ヘイル団体のプロジェクトのリーダーで、父親がカイロ・ザマレック・ロータリー・クラブの会員であるヤスミナ・アブ・ユーセフさんです。「ロータリーが援助を提供してくれたおかげで、私たちは大きな前進を遂げています」


 これまでに、280人以上の人々が同プロジェクトを通じてさまざまな研修を受け、そのほとんどが女性と子供です。子供たちは、読み書き、英語、芸術、スポーツ、倫理育成の指導を受け、大人は、読み書きと手工芸の授業を受けています。同プロジェクトのリーダーは、生徒たちの作品を定期的に購入してくれる問屋や店を探し、1,500個のブレスレットを売ることもできました。
今後、同プロジェクトでは、子供たちのためのコンピューターの授業とモンテッソーリ教育法が加えられる可能性もあります。

 
 それまでの間、健康、衛生、犯罪、環境問題について一人ひとりにメッセージを広めていくよう、エスタブル・アンタールの人々は指導を受けています。また、自覚を高めるために、プロジェクト全般の実施にも参加しています。ユーセフさんは、次のように話します。「これは、エジプトでも非常に優れたプロジェクトと言えるでしょう」


ROTARY WORLDより | コメント(0)2008/05/22(木)16:28

ロータリーはシカゴに生まれた
2008/05/26(月)

ロータリーはシカゴに生まれた


堀内英雄会員



 19世紀の終わりに近く第1回万国博覧会直後の不況期は、シカゴが零落した最悪の時代であった。貧窮の笞ほど苛酷なものはなく、大衆はその最下底にあえいだ。所有する者は失うまいとしてたたかい、失った者はわずかな生活の糧を得ようとして争った。借家人は家賃を怠り、借金者は利子を怠り、小売商人は卸先への、卸商人は製造元への支払いを怠った。裁判所は不法侵入、監禁願、貧困保落、抵当処分、失権回復、差押えなどあらゆる事件で充満した。


 第1回シカゴ万博閉鎖後の惨たんたる光景は忘れがたい。これに加えてシカゴは全国を席巻した金融恐慌の第一撃におそわれた。場末の裏町には心のうずくような光景が目撃された。ロータリーの生まれたシカゴの町はこのような惨たんたる町であった。


 シカゴの誕生について1929年に出版されたある本には次のように書かれている。
 「100年に満たない歴史にもかかわらず、400万もの人口を有するにいたった都市は、地方自治体の記録の中で稀有である。シカゴがまだ開拓者の砦の周りにある、砂漠や沼地の中に建てられた小屋の一群にすぎなかった頃、ニューヨークは人口40万の都市であった。ところがシカゴは一世紀たらずの間に建造物を新たに建設したり、労働者の地位を確立し、発展させ、人種紛争の混乱を鎮め、コミュニケーション、保健、治安、福祉と都市の成立にとって不可欠な網の目を織り上げていくことが必要であった。」
 急速に発展したシカゴの町の有様をポール・ハリスは描写している。


「シカゴは20世紀の初期に入ってもなお開拓者部落特有の風俗人情を多分に持っていたので、そうした社会に第一につきものの極道ともいうべき賭博は公然であった。酒場が盛んになり密会所がこれにつぎ、高架鉄道の下は醜類により、あたかも巣に群がる蜂のようであった。」
「20世紀の初頭にシカゴが悩んでいた病患は同じく他の各地にも流行し、一般的に実業界は邪道に踏み込んでいたと言い得る。消費者、競争者、あるいは被傭者の問題に関する実業道徳の水準は決して高いものではなかった。購買者自衛主義が消費者に適用され、そうした競争者の悪意と不誠実とに破滅的な極点にまで達していた。このような騒然たるシカゴこそロータリ運動の発祥地として最適の地であったとも考え得るのではないかとポール・ハリスはいう。東部から一青年がシカゴを訪問した。彼の見る所では爆煙、空気と水の不潔、悪臭、政治的な奸第、諸般の社会的欠陥は皆一時現象に過ぎなかった。それらは頽廃の記拠にはあらずしてむしろ躍動の記拠であって、大都会に導く標石の変形に外ならなかったのである。今や彼の先見を記念する如く、市の南部にはシカゴ大学、北部にはノースウェスタン大学、西部にはイリノイ大学等々が、またシカゴ管弦楽団が、また豪華な美術館、博物館が建設されている。」


 邪悪な勢力に対する強烈な反撃はあらゆる方面において見られた。シカゴの悪徳はことごとく世界に向かって喧伝されているのに反しこれに対抗する無数の善行は想像されてもいない。


 ロータリーはその発祥の都市について豪も恥ずべきではない。愛国心と理想主義精神に立ち熟情と勇猛心とに支持された輝かしい諸運動に続いてロータリーは出現したのである。


 邪悪な勢力に対する強烈な反撃の例をポール・ハリスはあげているが繁雑になるので省略します。
 ロータリーが生まれたのは決して平穏無事なシカゴの町においてではなく、悪徳と貧困とが疾風怒濤の如く渦を巻いているシカゴの町においてであった。その町に芽を出しつつあった真善美、文化・芸術・経済・道徳がこれから特に伸びようとする町にこそ、ロータリーは生まれべくして生まれたとポール・ハリスは考えていた。
「シカゴより何の善きものが出ずべき」とは彼の信念の言葉でありました。

 

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卓話活動 | コメント(0)2008/05/26(月)15:09

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