90才の誕生日を迎えて
2007/08/01(水)
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90才の誕生日を迎えて
堺南ロータリークラブ
中西 脩 会報雑誌広報委員
私は1917年7月26日この真夏に生れたので正眞正銘90才となりましたが、どうしたものか私は特にうれしいとか、悲しいとかといった感情が全く湧いてきません。「何故」と自問自答して返ってきた言葉はお前は「アホか」でした。
松下幸之助さんは名高い運命論者ですが私も90年間を振り返ってみると、やはりいろいろなことがあり運命というものを信じざるをえません。今から30年前の60才のとき、後20年私の人生は80才までと自分勝手に決めていましたので、80才の誕生日はよくぞここまで生きたものだと神仏をはじめ自然界のあらゆるものに感謝し、その喜びを最大限に味わったわけです。
当時はまだ今日程長寿ではなかったので毎日の各新聞の社会面の下方に、政財界をはじめ各界の少し名の通った死亡記事に大体60才から80才までの人が多く、80才台は希であつたので一応80才と決めたわけです。今日の死亡年令は希であった80才が大半でここ30年間の寿命が伸びたことが記明されています。私が60才を迎えた当時はまだ現役で、小規模ながら会社の全責任を負う立場だったので80才まで20年間の経営者掛け捨て保険に加入し、私が急死してもある程度経営に支障を起さないためとして毎月支払ってきたもにが80才になってその掛け金はそっくり保険会社に消えていったので、担当者に、銀行に毎月積立てていれば思いきりぜいたくできたのにと愚痴をこぼすと「アナタは間違っている、20年間健康で生かされてきたことを先ずご先祖さまに、それからご家族をはじめロータリーの方々に、感謝とお礼の心をもって接してゆけばアナタは100才以上生かされる」と宗教的な言葉にコロリと降参して、よしこうなったら「100才まで生きるゾ」とこの時点で目標を決め、後20年間の恰度今日無事に過ぎたわけで後10年間は頑張なければと新たなファイトに燃えていますというのは、いつかの例会で、私が100才になったら再度会長にしていただきたいと皆さんにお願いしたところ、全員拍手を似ってOKされました。
何故こんな無茶なことをお願いしたのか、数年前の「ロータリーの友」に米国のあるクラブで、100才で再度会長をした記事が私の頭の隅に残っていたためで、友を読んでいなければ全く及びもつかないことですが、これを目標に向って進む一つの心掛けとなればプラスです。
60才から始めたもう一つは町内会のゴルフでお互い知り合いの輪を拡げるのを目的に武田会員から提案があり(この提案の素になる話はここで省略)早速回覧板を廻して呼びかけたところ、堺は勿論のこと近隣の各クラブのロータリアンがよろこんでくれ一時は100人以上の大世帯となりましたが、今では当時のロータリアンは、殆んど故人となっています。年6回のコンペは1回も欠したことなく去る6月30周年記念コンペを開催、即ち180回をお互い祝福しました。
会計と賞品以外のすべての段取りは私1人でやっております。ゴルフ場のエントリー、開催日、案内状配布、組合せ、乗合い車の配車等々大変ですが、私にとってこれはボケ防止ともなるので最後まで続けるつもりにしています。
現在の私は経営の第一線を退いて、今では一切口出ししない方針を貫いております。私の現在のライフワークは、ロータリーとゴルフと80坪程の菜園に野菜と花を育てていますがこれも楽しく、以上3点が活力の基になっておりありがたいことです。













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